福岡地方裁判所 平成8年(わ)1170号 判決
本籍
鹿児島県出水郡野田町上名六〇一九番地
住居
右同
会社役員
木場英幸
昭和二五年一月二二日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官田村章、弁護人石田啓(私選)出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役六月及び罰金五〇万円に処する。
被告人においてその罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
被告人に対し、この裁判確定の日から三年間その懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、濵畑康正、青木澄子らと共謀の上、青木澄子が所有していた土地の譲渡所得にかかる所得税を免れようと企て、同人の平成六年分の実際の分離課税の長期譲渡所得金額が四七二一万五九〇〇円、総合課税の総所得金額が一一八万二六九一円で、これに対する所得税額は一一九七万五五〇〇円であるにもかかわらず、債権者を田中英昭、債務者を岩本信一、保証人を青木澄子とする四五〇〇万円の架空の保証債務を設定し、これを履行するために右所有土地を売却譲渡し、その求償権の全部を行使することができないこととなったと仮装する方法により所得を秘匿した上、平成七年三月一〇日、福岡市早良区百道一丁目五番二二号所在の西福岡税務署において、同税務署長に対し、青木澄子の平成六年分の分離課税の長期譲渡所得金額が二二一万五九〇〇円、総合課税の総所得金額が一七四万八五七七円で、これに対する所得税額が、五三万六九〇〇円である旨の虚偽の所得税の確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、右申告税額と右譲渡にかかる正規の所得税額との差額一一四三万八六〇〇円を免れたものである。
(証拠の標目)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する各供述調書謄本(乙二ないし七)
一 青木澄子(甲六ないし一二)、亀山輝也(甲一三ないし二六)、田中英昭(甲二七ないし三三)、岩本信一(甲三四ないし三八)、高原博喜(甲三九ないし四三)、御手洗光一(甲四四)、田中和雄(甲四五)、朝木正生(甲四六ないし四八)の検察官に対する各供述調書謄本
一 収税官吏作成の脱税額計算書(甲一)、査察官報告書(甲二)、脱税額計算書説明資料(損益)(甲三)、査察官調査書(甲四、五)(いずれも謄本)
(法令の適用)
罰条
平成七年法律第九一号附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という。)六〇条、所得税法二三八条一項
刑種の選択
併科刑を選択
労役場留置
改正前の刑法一八条
刑の執行猶予(懲役刑につき)
改正前の刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、納税義務者である青木澄子が、所得税をできるだけ低額にしたいと考えていたところ、知人から納税額を低くしてくれる人がいると聞かされ、同和団体の会長と称する濵畑康正らから脱税等の依頼者を捜してくれるように言われていた岩本信一、田中英昭らと会って濵畑の話や報酬について話を聞き、同和団体の関係者に所得税の不正申告手続を依頼し、被告人らと共謀して、青木の所得税を一一〇〇万円余り脱税したという事案である。
被告人が本件を敢行した動機は、専ら脱税に関与することによって、納税義務者から受取る報酬の分配に預かりたいというもので、言語道断である。本件脱税のほ脱率は、約九五・五パーセントと高率に上っている上、その態様は、納税義務者が、同和関係者のグループの者に多額の保証債務を負っていてそれを支払ったが、同じくグループの者がなりすました債務者から求償不能であるかのように装い、証拠書類を捏造して申告書に添付した上、予想される税務調査に対しては、同和関係者による申告であることを誇示して、調査自体させないように圧力をかけたもので悪質である。本件の報酬として、被告人は一〇〇万円の分配を受けており、その金額も決して低額とはいえない。加えて、脱税行為は、申告納税制度を採用している我が国の税制の根幹を揺るがしかねないもので、強い非難に値する行為であることをも併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重いと言わなければならない。
しかしながら、本件を主導的な立場で行ったのは共犯者の濵畑であり、被告人は濵畑と比較すると、従たる立場にあること、被告人は本件を反省し、今後は他人の脱税などに関与しないと述べていること、被告人には自由刑の前科がないこと、被告人の妻が、今後の被告人の指導監督を約束していることなど、被告人のために酌むべき事情も認められるので、これらを総合考慮すると、懲役刑については今回に限り刑の執行を猶予するのが相当であると判断し、主文のとおり刑の量定をした。
(求刑 懲役六月及び罰金五〇万円)
(裁判官 鈴木浩美)